narrow pathway near tress

運は自分で自ら切り開くもの

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こんにちは。
いちや です。

今日は、故山田孝男さんが生前、
「運は自分で自ら切り開くもの」と語り、
占星学から瞑想家へと軸足を変えられた
というエピソードのお話しです。

季節外れの大掃除をしていたら、
いくつか気になるものが見つかりました(笑)

その一つが、故山田孝男さん主催の
『「気の里」癒しのツアー in 長谷村』の日程表です。

今から20年ほど前(2002年頃)のこと。
その頃、私はレイキ(霊気)に興味があって、
当時のレイキの恩師から、
山田孝男さんは、
「日本で初めて本格的な瞑想指導をされた方」だと伺い、
大変興味を持ち、参加を決めたのです。
日程表を見ながら思い出しました。

実は最近、とある占星学の講座で、
偶然にも瞑想家の故山田孝男さんについて、
話題になりました。

その講師の方は、
1970年代、故山田孝男さんから、
占星学を学ばれたそうです。

そこで初めて故山田孝男さんが、
占星術家だったことを知ったのです。
私は、元から瞑想家だと思っていたからです。

『「気の里」癒しのツアー』では、
ミュージシャン山根麻以さんとのコラボで、
分杭峠(伊那市(旧長谷村))で行われました。
瞑想家とのコラボということもあり、
麻以さんの楽曲を聴きながら、
貴重な体験でした。

今思えば、
本当の意味で晩年の(直前の)故山田孝男さんと
お会いしていたことになる。
(「山田孝男 Official Site」 では、
2003年7月5日 と記載されていました。)

イベントで、“オーラ”の話題になったとき、
私は、山田孝男さんに失礼を承知の上で、
「先生の今のオーラは何色なのでしょうか?」
と訊ねました。

「今のオーラは白ですね。ところどころが薄い紫かな。」
直ぐに、静かに応えられました。
今でも、はっきりと記憶に残っています。

何故、活動の軸足を占星術家から瞑想家へと
変えていったのか。
そのことにとても興味をもちました。

故山田孝男さんは、あるときから、
「運は自分で自ら切り開くもの」と思い立ち、
占星学の指導から手を引いたそうなのです。
1980年後半だと思われ、
日本が空前の好景気(不動産バブル)に
沸き始めたころです。

占星学を指導したり、鑑定していくなかで、
故山田孝男さんなりに思うところが
あったのだろうと察します。

個人的な感想として想像するに、
当時の日本で、占星学というものに対して、
世間から求められているものと、
故山田孝男さんが求めているものとの間には、
決して埋めることの出来ない大きなギャップを
感じていたのかも知れません。

それは多分、数多くの
「こうなりたい、こうなってほしい、
こうならないのでしょうか・・・」という、
現世利益にフォーカルされた質問に対して
答えざるを得ないことを憂いたから?

もちろん真実は分からないのですが、
なんとなく、自分の中で納得したのです。

ヒューマンデザイン、占星学、手相学・・。
様々なツールがあります。
どれも運を切り拓く、突破口となりうるもの。
であることには違いありません。

とにかく、人生の主人公は自分自身だし、
ゆったりと車の後部座席でくつろぎながら、
人生に抵抗なく過ごしていきたい・・。

だとしたら、
誰かに、何かを指示される筋合いもなければ、
真似る、合わせる必要もないのです。

そういう意味では、
運は(人生は)自分で自ら切り開くもの。
と、いえるのではないでしょうか。

自分の物語では、自分が主役であって、
自分が脇役な人生なんて、考えられない。
人生は一度きりなのですから。
「自分がやってみたいことを、思いっきりやって、
人生終わらせたい。」

そう思いませんか?